中野区寺院のご案内 中野のお寺 ふれあい広場


<寺院沿革>

もと安心庵として、文禄年間創立になる。天保年間、駒込高林寺徒弟・野村観了尼これを董ず。二世恵海尼により現在地に移り松吟庵と改称する。
昭和10年、遠州大洞院末寺・常昌院の寺号を豊橋より移し、本堂、庫裡が完成するが、昭和20年、第二次大戦の本土空襲にて焼失す。
五世・秀明尼、仮本堂にて教化活動を続ける。特に曹洞宗梅花流(御詠歌)創立の中心的存在として、正伝師範(最高指導者)となり活躍した。その活動は全国各地にまで及んだ。
教化活動の一方、堂宇の再建にも尽力されたが、堂宇の完成を直前にして遷化される。
昭和48年4月、堂宇が完成。落慶法要を厳修し、現在に至る。