<寺院沿革>
当院の所在地は、元・山岡鉄舟邸跡であり、のち東伏見宮家に献納されその別邸となっていたが、昭和16年に民間に払い下げられたものである。 この邸内の庭園「成趣園」を関精拙が寄贈を受け、ここに鉄舟を開基とし、鉄舟の持仏聖観世音像を本尊として開山した。 高歩院の寺号は鉄舟の諱をとって名付けたものである。 昭和20年5月第二次大戦による本土空襲によって、庭木のすべてを焼失し、見る影もなくなってしまった。 現在はここに鉄舟会禅道場を建設し、修禅の道場として、広く教化活動を続けている。