中野区寺院のご案内 中野のお寺 ふれあい広場


<寺院沿革>

開基・松永行誓上人は、新潟県坂町・本伝寺の住職であったが、昭和の初め後進に跡をゆずり、布教のため単身上京された。居を麻布霞町に定め、主都布教に尽力され多くの信徒を教化・育成されたが、昭和8年7月8日病のため遷化された。
二世・日伸聖人は現在地に霊妙教会を設立し信徒の結束に尽力されたが、昭和19年3月第二次大戦の戦火で堂宇が全焼し、やむなく新潟県三条市・久成院に住した。
三世・日勤師は、信徒・秋山、橋本両氏をはじめ篤信者の帰依を得て当地に堂宇を建立し、昭和28年2月宗教法人・霊妙寺として寺号を公称した。
四世・日行上人は着任後、納骨堂、庫裡を建立した。22年間の在職中は布教活動に尽力され、昭和56年、11月弟子隆静師に法灯をゆずり隠捷された。
現在は五世・隆静師が先師よりの意をつぎ希教・教化活力に尽力されている。
平成8年9月に新しい本堂及び庫裡が完成し、現在に至る。